承継開業で生まれた新たな 開業方法
この2020年1月、事業承継を使った、全く新たな動物病院が誕生した。
その特徴点は、
1、同じ動物病院で働いていた勤務医3人がこの開業に参加したこと、
2、来院数、売上などの経営情報をこの3人が共有していること
の2点である。
北海道の道南で一番規模が大きな動物病院を引き継いでスタートした院長と副院長に、この病院ができるまでの経緯、特徴点、開業直後にやってきた「新型コロナ危機」などについて伺った。
同じ動物病院の勤務医3人が参加した承継開業。転職で理想の病院を探すよりも作る方が早いと判断した
オオツ動物病院 小坂唱院長、小島成承副院長(北海道函館市)
【開業後5ヶ月 獣医師5人、スタッフ13人】
×
承継開業コンサルタント 西川芳彦
事業承継を使った開業で新たな経営スタイルの病院を作る
西川: これまでに183 件(2020年7月時点)の承継開業事例がありますが、これらを分析すると、若い獣医師1人からのスタートである新規開業に対して、承継開業では複数の若い獣医師を抱えた状態からスタートできるといった特徴点があることが浮かび上がってきました。
今年クローズアップしたのは「承継ではいきなり規模が大きな病院からスタートできる」という特徴点ですが、他にも、新規開業の病院を他者に譲って都市部で規模が大きな病院を承継開業した事例とか、新規開業した病院規模よりもさらに大きな病院を承継して病院数を増やした事例があります。
そして2020年、また新たな経営スタイルの動物病院がこの承継開業で生まれました。小坂院長は若い獣医師3人で規模が大きな病院を引き継いでスタートされましたが、開業までの経緯をお聞かせ下さい。
小坂院長: この3人は勤務していた三重県の動物病院で、院長から「分院」を作る話があり、その分院で働く予定の3人の勤務医でした。
その分院計画が途中でダメになり、「これからどうしようか」と落ち込んでいたところに、小島先生(現・副院長)が「事業承継で開業する方法がある」ことを見つけて、私に提案してきました。
私は開業を目指してきたわけではなかったので、自分が働きたい動物病院を探す転職を考えましたが、これまで一緒に働いてきたこの3人なら、転職して理想の病院を探すよりも作ることができるのではないかと考えました。
西川: 小坂院長が理想としてきた病院とは、どんな病院だったのでしょうか。
小坂院長: 院長の多くが動物病院は「自分のもの」と考えていますが、私は「みんなのもの」であり、「みんなが働き易い病院を作るのが院長の役目だ」と考えて来ました。
そんな理想の動物病院はそう簡単には見つけられません。探すよりも自分たちで作る方が早いと、開業を決断しました。
小島副院長: 2020年1月に開業して以来、勤務医時代には意識して来なかった病院の売上について、みんなで作る売上が全獣医師とスタッフの給与に反映されるのだという、責任感と緊張感を持って仕事に取り組むようになりました。
西川: 小島副院長の言葉からも、3人がともに経営者であるという意識を持っていることが窺い知れます。この経営者意識を院長以外の勤務医が共有しているのは珍しいのですが、そのためにどんなことをされているのですか。
小坂院長: 開業以来、病院経営に関する情報は全て、3人で共有するようにして来ました。会計の数字も明らかにすることで、お金の流れについても3人一緒で考えていきたいと考えて来ました。
勤務していた三重の動物病院では、経営に関する情報は勤務医には教えてくれませんでしたので、この点は変えたいと思っていました。
小島副院長:三重の病院では 勤務医は来院数や売上について知ることはできず、私も「今日、何人来たの?」と看護士さんに聞く程度でした。
西川: 殆どの動物病院では勤務医には経営データは教えないのが普通です。多くの勤務医に自分が勤めている病院の経営データを聞いても、「分かりません」と答えるのが普通です。
このオオツ動物病院は「みんなで売上を作って、その売上をどのように分配するのかをみんなで考えよう」という仕組み。これは病院経営として新たなチャレンジだと言えると思います。
小島副院長: 経営情報を共有してもらうことで勤務医の意識は自ずと違ってくるだろうと思います。自分もこの病院経営に参加しているという意識になりますから。
多くの勤務医が「経営」に関心を持たないのは、経営情報を教えてくれないので意識を向けなくなるからだと思います。
●今の来院数から考えると、やはり、獣医師は増やしたい
西川: 今回の特集の取材で、規模が大きな動物病院の承継ではメリットとデメリットがどの病院でも共通している点があることが分かってきました。
例えば、デメリットの1つとして、開業直後から人材不足という課題を抱えていることです。これは新規開業スタートではあり得ません。
一方、メリットの1つとしては、売上を伸ばす「のびしろ」がハッキリしている点です。承継者を募集している院長は体力の限界などで仕事をセーブしているケースが多いので、やる気満々の若い院長に交代すると、年中無休や夜間診療、手術もどんどんやるので売上増につながります。
小坂院長はこの件について、どのように感じられているでしょうか。
小坂院長: 私が承継する前にスタッフが1人辞めましたので、やり辛い面があるのかなと思っていたら、そうではありませんでした。開業後5ヶ月が経ちましたが、現在、獣医師はサポート頂いている大津前院長を含めて5人ですが、今の来院数と手術数からして、もう少し、獣医師が欲しいと思っています。
また、「のびしろ」については、「検査」を積極的にやっていくことで客単価アップにつながるだろうと考えています。新患を必死で募集しなければならない新規開業と比べて、承継開業では前院長時代の患者さんを引き継げていますので、今はその患者さんにしっかりとした診察と検査をすることが「のびしろ」になると考えています。
この検査を増やすためにも、獣医師は増やしたいです。
西川:新型コロナ危機についてですが、 1月に開業されてその直後の2月に北海道では全国に先駆けて緊急事態宣言が出されて自粛が始まりました。小坂院長にとっては開業直後の最初の難題だったと思います。繁盛病院を引き継がれたので、患者さんは来ます。「3密を避ける」点では厳しかったと思いますが、その間はどうされていたのでしょうか。
小坂院長: 患者さんとの距離が近いとの点で歯医者の感染リスクが高いことが指摘されていましたが、獣医師も飼い主さんと接する距離は歯医者と変わらないくらい近いと思って、常に危機感を持っていました。
小島副院長: フォーカスされたのは、「ヒトからヒトへの感染」でした。獣医師は動物たちと接する仕事ですが、飼い主さんとの身近な接触もあります。獣医師本人は「結構、密でやばい」と感じていましたが、ノーマークでした。
ただ、「この病院から1人、コロナ患者が出たら終わりだ」との危機意識は今なお強く持っています。
小坂院長: 実際に動物病院でもコロナ患者を出した病院がありましたので、他人事ではないと感じ、ずっと胃が痛い状況が続いていますが、この3人で協力していけば、この危機もなんとか乗り切っていけれるのではないかと考えています。
西川: 3人でこのオオツ動物病院をこれからどうしていきたいといった、病院の方針、ビジョンは考えられていますか。
小坂院長: 将来はこうしたいという理想を考えるよりも、今は、日々の仕事に手一杯です。前院長の診療方針も、変えるには抵抗感がありますので、そのまま継続しています。
承継開業して5ヶ月なので、この動物病院の全体像やこの道南という地域の特性を把握するのに必死です。
これからのビジョン・方針は、開業後1年経ってみた時に色々と反省点が出てくると思うので、その時にまた3人で相談して決めればいいと思っています。
西川: 事業承継で若い獣医師に動物病院が引き継がれることで、その病院はさらなる成長を遂げていくことがハッキリと見えてきました。本日は有難うございました。
コメントを残す